ZAP SPEED RACING TEAM





VOL.8FJ日本一決定戦

FJ1600は7つの地方シリーズに分けて開催されるが、年末に総合日本一を決めるべくすべてのシリーズから選手が集まる通称「FJ日本一決定戦」が行われる。今年の日本一決定戦は鈴鹿サーキット東コース。鈴鹿サーキットはさまざまな雑誌やビデオなどを見ても「走りこみがものをいうサーキット」とされているのでレースウィークで初走行となるコースをどう攻略するか?も大きなチャレンジになる。4年前の鈴鹿FJ日本一決定戦でポールを獲得したZAP SPEEDの先輩、切替選手にコース攻略法を教えていただき、実際に走行できない分はPlay Stationのグランツーリスモで走りこんで(笑)、意気揚々と鈴鹿サーキットに乗り込むこととなった。

ハプニング!観測史上最大の大雪!?
世の中も妙に浮かれているクリスマス前の12/22夜、チームメイトの栗原正之選手、栗原宗之選手、丸木選手と4人で鈴鹿サーキットに出発。ニュースでは名古屋地方で観測史上最大の大雪が報じられている上、朝早く鈴鹿に向かったチームメカニックの方から東名高速が通行止め、迂回路の国道1号と23号は大渋滞という情報が入る。当初の予定より出発時刻を5時間繰り上げたのだが、途中の交通情報ラジオでは渋滞状況はどんどん悪化している。さらに先発のメカニックから「国道は10時間で20キロしか進んでない」という驚愕の電話をもらったので、出発前に急遽購入した名古屋の道路地図をあわてて広げ、国道を避ける裏道を探す。夜中3時に三ケ日インターで静岡から愛知への県境を越えずに東名高速を降りるとそこは雪国だった。静岡から三重まで運転を交代しながらひたすら圧雪の裏道をたどること9時間、ようやく鈴鹿サーキットに到着。
雪で到着が遅れているのはわれわれだけではなく、関東からの遠征組はほぼ全滅の模様。また、マシンのほうも遅れており到着がいつになるかわからないという状況だが、サーキットの走行は予定通り行われるという。少しでもコースを学ぼうとコース脇に陣取り他のドライバーの走りを見学するが、もともと初走行のサーキット、金曜日の走行を当てにしていたのであせりがつのる。結局マシンが到着したのは夕方6時すぎであった。

やっぱり雪が降った練習走行
あけて土曜日、ようやく待ちに待った初走行である。雪こそ降ってないものの寒波はそのままで路面温度は相当低い。タイヤ温度の立ち上がりが鈍くかなりスリッピーな上に、聞いていたとおり鈴鹿サーキットはアベレージスピードが高いわりにエスケープゾーンが狭く、派手にコースアウトしたら即マシンを破損しそう。コースレイアウト自体は大体グランツーリスモのとおりだったが、最終コーナーの路面の起伏がゲームとは違い事前に考えてきた走らせ方では全然ダメなので一から組み立てなおす。一本目はコースに慣れることに重点を置いて、2本目の時間になったと思ったら雪がぱらつき、路面はハーフウェットに。タイヤ温度はさらに下がり滑って滑って危険極まりない。コースに慣れようと悪コンディションの中、必死にマシンコントロールしていたところ、FJ練習生の時以来経験したことのなかった「異次元の速さ」で他のマシンに抜かれて「俺はこんなに遅いのか?レースやめたほうがいいんじゃないか?」と内心ショックを受けていたのだが、よくよく見ると、なーんだ、レインタイヤを履いている。安心安心。3本目、4本目はなんとかドライコンディションで走行でき徐々に攻めていったのだが、コンディションが刻々と変わり予選に向けてセットアップを試すようなところまで詰め切れなかった。結局この日はトップタイムの一秒強遅いタイムで終了。このまま予選に臨むこととなる。

あせりの予選
鈴鹿東コースは抜きどころが少ない、とよく言われている。実際に走ってみてもそのとおりで、まともに挿せる場所は一箇所、一コーナーのみで昨日の練習走行でも遅いマシンを抜くのが大変だった。したがって予選は超重要である。
私は予選/第一レグはAグループに振り分けられており、予選の出走順は一番初め。朝8時のコースオープン時には路面は相当低そうでタイヤ温度が上がってくるまでに時間がかかる。徐々にペースを上げていった4周目、S字コーナーの一つ目でスピン、コースアウトしグラベルにはまってしまう。オフィシャルの方に救助されなんとかコースに復帰できたのだが、さらにアタックを続けること3周目、走らせ方がよくわからない最終コーナーで、早めのアクセルオンが災いしてコースアウト、スポンジバリアに突っ込んでしまった。このまま予選は終了、順位は17番、下から2番目というこれまで出たレースの中で一番悪いものとなる。

第1レグ 10台抜き
第1レグから第2レグに進めるのは10台、残りは敗者復活行きとなるので最低限10位には残らないとならない。抜けないサーキットだろうがなんだろうが、予選のミスはレースで取り返すのみだが、第1レグはわずか10周、、、。これまで一周2キロという短いコースでレースをしたことがないのでフォーメーションラップでどの程度タイヤが温まるかが不安だが、多台数を抜く機会はスタート位しか無い。短いフォーメーションラップを追え17番グリッドへ、、、前にいっぱいいるなあ。レッドシグナル点灯後、フライングしたマシンが視界に入るが冷静に消灯を待ち、スタート!自己採点85点のスタートを切ることができ、3-4台ほど抜いて2コーナーに。1周まわってホームストレートに帰ってくると、ホームストレートはスリップを嫌ってラインを変更するマシンに後続が意地でもスリップを外れない、という18台で一列蛇行するようなすごい様相。これぞ日本一決定戦の激しさである。1コーナーしか抜けない中、それでも1周1台ずつ無我夢中に抜いていくうち、サインボードには「P7」、7番手に浮上。ここで1コーナーで黄旗提示(走行注意/追越禁止)。唯一の抜きどころで追越が禁止されてしまい、それでもストレート区間だけで抜くべく最終コーナーを極端な立ち上がり重視ラインに変更し、横から並ぶのだが、、、前車がガッチリとインをブロックするため、アウトから並ぶ形になる。そのまま何周かするものの黄旗区間直前でアウトから並んで抜くリスクを第一レグで犯すことはできず、そのまま7位でゴール。17番スタートで一時はどうなるかと思ったが、さすがに第1レグ落ちは余裕で回避できた。


「F4ドライバー大西選手と最終コーナーの走らせ方を最終確認」


第2レグ、7台抜き
第2レグは各地方シリーズのチャンピオンも加わって、結局Bグループの14番グリッドになった。第2レグも11位以下は敗者復活行きである。グリッドにマシンを付けると、やっぱり前にいっぱいいるなあ、、、。
フォーメーションラップでのタイヤの温まり方の感覚は把握したので、比較的落ち着いてフォーメーションラップを終える。2レグスタートでは80点くらいのスタートで、じわじわと前に出ながらスタートダッシュ。前方でスタートミスした車両もあり大混乱の中1コーナーに進入するが間一髪スタートミスした車両の前を指すことができ、何台か抜いてオープニングラップを終える。2周目の逆バンク進入でバックミラーを見ると、先ほどまで後ろにいた後続車集団がスピンでもあったのか、きれいさっぱりいなくなっており前を抜くことだけに集中できる。2レグスタート前にチームメイトと話し合って考えた、最終コーナーでの新しいライン取りを試したところうまくハマってストレートの伸びが向上し、競り合いで有利に立てるようになった。もっともこのあたりに来ると前車も速く、1レグのように1周1台というわけにはいかなかったが、抜きどころでの黄旗提示も無く着々と順位を上げ、次の1コーナーでもう一台抜ける、というタイミングでチェッカーフラッグ。7位でのゴールとなった。
レース中のベストラップも、ここにきてようやく55秒前半のまともなラップタイムを記録、精神的にも自信を取り戻すことができた。もっとも内間監督から「もっと早くからこれくらいのタイムで走って来いよ〜!!!そしたらこんな集団の真ん中でもがかなくてもすむんだからさあ。」とお小言を頂くこととなる、、、


「気になるファイナルレースのグリッドを確認する」


さてファイナルレグは ??、、
2レグの敗者復活レースをはさんで、いよいよファイナル、予選でビリから2番目と大失敗したのだがなんとかファイナルレース14番グリッドまで這い上がってきた。レース距離は15周である。タイム的にもようやく鈴鹿サーキット東コースに慣れて来たといえるし、これが最終レースということで精一杯攻めの気持ちで行こう、と自分に言い聞かせてコースインする。


「ファイナルレースのグリッドでマシンの最終チェック」

本日3回目のフォーメーションラップはかなり慣れた中で行うことができ、スタートのシグナルを待つ。またしてもフライングしたマシンが視界の端に写ったが、自分自身は万全のタイミングでクラッチミート。今日3回目のスタートの中で、最高のスタート、自己採点95点のスタートが切れた。1コーナーまでに何台か抜き、9番スタートのチームメイト丸木選手の半車身後ろのアウト側で1コーナーを通過、2コーナー立ち上がりで丸木選手に先行されS字コーナーへ。丸木選手が一台抜き自分も続こうとしたところ1コーナーで黄旗が提示され、超接近戦ながらもこう着状態でレースが進行する。2周目のストレートでサインボードを確認すると「P9」、9番手。4周目、依然として1コーナーでは黄旗提示で追越禁止の中、1コーナーを抜け2コーナーの進入へ。ここで前車が異常な減速!超接近戦で車間が詰まっている中、避けようと車を動かすが間に合わず、右フロントタイヤが前車の左リアタイヤに乗り上げて浮いてしまった。乗り上げたときに右フロントアーム類が折れ曲がり、そのままコースアウト、リタイアとなった。しかも、あろうことか黄旗区間中の接触でありこれは大きなルール違反、オフィシャルや参加者の方々にご迷惑をおかけする結果となってしまった。



FJ日本一決定戦、結果はファイナルリタイア。一年の集大成として臨んだレースの中で、今現在自分が抱える課題も明らかになった。
ひとつがタイムを詰めていくときのマージンの削り方が荒い。特に精神的に余裕が無い場合には顕著に出るようで、もてぎ最終戦での予選、日本一決定戦での予選に現れた。ふたつ目が新しい環境に対する適応力。鈴鹿東コースが始めてとはいえ、結果的に走行二日目の2レース目になってやっとタイムが出てきたことや、極端に路面温度が低いときの攻め方など。
リタイアという結果からでも、それを最大限プラスに生かすために、上記課題をしっかりと見つめなおして見たい。

一年間応援していただいた皆さん、アドバイスをいただいり切磋琢磨したチームメイト、万全の体制を準備していただいたチームスタッフの方々、本当にありがとうございました。



「今回唯一の晴れ姿、もてぎシリーズ3位として表彰される」



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■ 熊谷徹 □■
生年月日:1974.8.26
血液型:RH+O

2004年
FJ1600東北・もてぎシリーズ参戦
2005年
FJ1600もてぎシリーズ参戦








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